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和解成立件数2019年9月2日現在

提訴/和解数の差について

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これまでの歩み

裁判報告

第62回口頭弁論

厳しい暑さの中、今回の期日も沢山の方が傍聴いただき、原告の意見陳述と弁護団意見陳述が行われました。

 原告4448番さんは、妊娠中に感染が判明し病院から男子トイレを使うように言われたり、出血処理を自分でするように強いられるなど差別的な対応を受け、子育てにも様々な影響を受ける中、3人の子供を立派に育て上げられました。しかし、母子感染し強い倦怠感を抱えながらも家庭を支えるため仕事を休むことができなかった二男が過労からくるものか交通事故で亡くなられた矢先にご自分も肝細胞がんが見つかるなど大変苦労されました。更に、今なお長男も二男同様しんどいのに働き続けることをやめられない状況であること等から、一日も早い和解救済によって気持ちだけでも楽になりたいと訴えられました。

原告4141番さんは平成5年頃に感染が判明し、何気なく見たテレビから将来肝がんになる可能性があることを知り何とかB型肝炎ウイルスの活動を抑え発症、進行を抑えられないかと主治医の協力を得ながら努力されてきました。職場で管理職となってからは残業が恒常的となり疲労がたまり続ける一方、治療は十分に受けられなくなり、肝炎発症の恐怖と闘いながらも職場に業務量軽減を言い出せなかったことや家族にもHBs抗原が陰性になってはじめて告げることができたことを語られるとともに、苦しみを抱える期間が長いにも拘わらず十分な救済が受けられない除斥の不合理さを訴えられました。

弁護団意見陳述では玉田欽也弁護士と矢吹遼子弁護士が、「HBe抗原陰性慢性肝炎」の発症が原告にもたらす損害は、最初に「HBe抗原陽性慢性肝炎」の発症が原告にもたらす損害と比較し同じものと評価できるものではなく、「HBe抗原陰性慢性肝炎」の発症の時から民法724条後段の除斥期間が進行すると解すべきであること、原告の主張はすべて現行の法解釈、確定した判例、並びに不法行為制度の理念に即ったものであるから司法においては国民の信頼を損なうことにのないよう正しい判断を望むと陳述しました。

裁判の後、大阪弁護士会館に会場を移して期日報告集会が開催され、まず原告のEさんより恒例のDVD上映がありました。次いで期日で意見陳述いただいたお二人よりの感想、各担当弁護士の感想、ニュース映像上映、5月28日院内集会・国会議員要請の報告の他、各班からの連絡、報告、そして、参加いただいた学生さんからも一言をいただきました。
また、1993年に肝がんで亡くなられた原告につきカルテがなく主治医証言で和解ができた全国初のケースについての報告もありました。

その後、原告交流会、原告団総会が開催され、別会場にて開かれた懇親会では、大いに盛り上がりました。

第61回口頭弁論

 少し汗ばむほどの陽気の中、第61回口頭弁論期日が行われ、原告の皆さん始め、ご家族や学生さんなど、沢山の方が傍聴に来て下さいました。
 期日では、国から、慢性肝炎を発症してから20年以上経過していることを理由に、和解金額を大幅に下げる提案をされている原告お二人(2120番さん・2377番さん)が、意見陳述をされました。
 2120番さんは、若い頃から身体が疲れやすく、転職を余儀なくされるなど、病気によって色々なことを犠牲にしてきたことや、治療を受けるようになってからは、仕事と治療の両立に大変な苦労をしてきたことなどを語られました。
 2377番さんは、出産のときに息子さんに母子感染させてしまい、とても辛い思いをした経験や、1回目に発症したときの治療の苦労と沈静化したときの喜び、再発時の衝撃と不安、その後の治療の苦労についてお話をされました。
 お二人とも、20年以上の長期に亘ってB型肝炎に苦しめられ、治療に費用と時間を費やしてきました。一度は沈静化をするところまで、努力して治療をしたにもかかわらず、再発してしまい、現在も治療を余儀なくされるなど、その苦労は並大抵のものではありません。
 平成元年に初めてB型肝炎患者が国を訴えてから20年以上、責任を認めてこなかった国が、20年以上苦しんでいる患者を救済の対象から除くことは、理不尽以外の何物でもありません。お二人の意見陳述は、長年苦しんできた患者として、率直に国に対する怒りを表すものでした。
弁護団の奥村弁護士からも、お二人の原告のような慢性肝炎再発事例について、除斥期間の起算点を再発時にすべきであることを訴える意見陳述を行いました。 また、今回の期日では、カルテが残っていない死亡原告について、主治医の証人尋問を行ったケースで、画期的な和解を勝ち取ることができました。
期日終了後は、別会場に移動し、弁護団及び原告団からの活動報告と、交流会を行いました。今回も、大勢の学生や修習生に参加していただき、活発な交流を行うことができました。

第60回口頭弁論

 裁判期日では、まず、51歳の若さで夫を亡くされた遺族原告が意見陳述をして下さいました。原告番号4430さんの夫は、自覚症状が乏しい中、急に倒れわずか3ヶ月の闘病生活の後に肝がんで亡くなってしまいました。偶々、連絡を取り合った夫の姉から母子感染ではないと伝えられたこと、念のため自分の姉にも検査を勧めたところ、B型肝炎ウィルスのキャリアであったことをお話しされました。原告番号4430さんは、国に対し、B型肝炎が症状が出た時は命を落とすリスクが大きい時であり、とても恐い病気だという事を国民に周知すること、自分がウィルスを持っているか否かを知らない人に対して検査を進めていくよう要請されました。

 次に、弁護団からは、国から除斥を指摘されたために和解ができていない事案について、今後の進行方針を説明し、肝硬変除斥ケースやHBe抗原陰性慢性肝炎再発ケースについて、裁判所に対し公正な裁判を求める旨の意見陳述をしました。

 裁判期日の後は、いつものように大阪弁護士会館にて期日後報告集会を開き、原告団の活動報告や和解原告のお祝いをすると共に、原告同士の交流会を開きました。交流会には、病気や裁判を抱えて孤独や辛い思いをしていらっしゃる方にひとりでも多く参加して頂き、悩みや不安を分かち合える機会になればと考えています。

第59回口頭弁論

 極寒にもかかわらず、今回もたくさんの方々に傍聴にお越し頂く中、原告の意見陳述と、弁護団意見陳述が行われました。

 今回は、肝硬変の病態である原告1761番さんについて、国が頑なに除斥を主張することから、ついに裁判所に判断をしてもらう(判決)ということになりました。
 そして、この日は、判決を迎える、実質的に最後の期日となることから、1761番さんがその心情を訴えました。
1761番さんは、19歳の頃から、この病気のために、人生において、人間関係や会社での昇進を含め、様々なものを犠牲にして諦めてたこと、病気であること自体が当たり前の生活になってしまったことを述べました。
そのうえで、お金をもらったからといって、いろいろなものを犠牲にした貴重な時間が戻るわけではないももの、若い時に重篤化してしまい、苦しんだ期間が長期に及んだことで、かえって「除斥」という壁によって、そうではない人との間に差をつけられることには納得がいかない、と訴えました。
最後に、裁判官に対し、むしろ病気で苦しんだ期間や病状の重さを公平に判断して、同じ肝硬変の患者と等しい扱いを受けることができる判決を要請して締めくくりました。

 弁護団からは、小林弁護士が、上記の1761番さんの訴えについて、以下のとおり、法的な観点から弁論をしました。
 国は、1991年以後、肝硬変のために様々なものを犠牲にしてきた1761番さんの人生、重篤な肝性脳症の発症、脾臓摘出を伴う危険な手術をすべて捨象し、「1991年に肝硬変と診断された。そして、その診断名は一貫して変わらなかった」という極めて形式的な基準で、1991年の肝硬変という診断でその後の経過のすべてが法的に評価され尽くすのであり、その時点が除斥の起算点であると主張しています。
しかし、B型肝硬変は、進行性の疾病ではあるものの、現在の状況で続くのか、急激に悪化するのか、改善するのか、全く未確定であり、だからこそ、現在の症状の苦しみのみならず、一生不安が続きます。1761番さんにおいても、当然のことながら、1991年当時の症状がどうなるのか、全く未確定でした。
 そして、実際には、その状況は、1991年以来大きく変化していきました。
 特に、2010年10月の肝性脳症の発症とその後の脾臓摘出を伴う手術、そしてそれによって生じた損害は、1991年の状況と質的に全く異なる重大な健康被害でした。 にもかかわらず、1991年を除斥の起算点とする国の主張は、一般的な社会常識、社会正義に反するものですし、「質的に異なる損害が発生した時点をもって除斥の起算点とする」という最高裁において確立した判例法理にも明らかに反するものです。
最後に、裁判所に対し、特措法の形式的な病態区分に拘泥する国の主張にとらわれることなく、国賠法の趣旨に沿った公正な判断をしていただくよう要望して締めくくりました。
裁判後は、AP大阪淀屋橋に移動して、期日報告集会を行いました。今回は、やはり肝硬変除斥の問題について問題点を整理してご説明すると共に、当該意見陳述原告からも感想を伺いました。いい判決を期待したいところです。
報告集会では、最後に、いつものように病態毎に別れて交流会も開催されました。

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